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 今日は、私の活動の拠点にもさせてもらっているふしき事務所で1日震災復興バザーを行いました。いつもの日用品バザーに加えて、今回は東日本大震災の被災地支援をと、東北の物産を取り寄せ、賑やかに行いました。多くの皆さんがバザー用品を届けてくださったり、また、たくさん買い物をしていただき、ありがとうございました。物産はまだ在庫がありますので、来れなかった方、是非事務所を除いてください!ビンのりやとろろ昆布、かにふりかけなど日持ちするものもたくさんあります(^o^)

 ふしきさんも私も福島県に救援ボランティアにいかせてもらったので、そのときの写真も展示させていただきました。まだ復興作業が遅れているというのにこの豪雨・・・心配です。

 午後からは、全国障害者研究会の全国大会に参加するため大阪へ。重点報告ではやはり、大震災の中、障害者はどうやって過ごしていたのかが語られました。事務所に夕方帰ってくると、全障研の大会に行くという東京の人が事務所を覗かれて、日刊紙を買って帰られたそうです。 やっぱり全国の集会。うれしかったです。

             事務所担当者の高田さんと DSCN2189.jpg
     
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2011.07.31 Sun l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 21日に市議団控え室に、市民の方から電話がありました。
「県議がいなくなったので、こちらに電話した。セシウムに汚染された稲わらを食べた肉牛の問題。大津に出回った牛肉は、個体番号でわかっているはず。店名を公表してほしい。店も被害者。福島などは店名を公表して市民と一緒に補償問題で戦っている。公表しない方が、出回っていない店まで、牛肉を買ってもらえなくなり、風評被害が拡大するのではないか。是非、公表してもらうようにお願いします。」と。

 翌日22日、大津保健所を訪問しました。

 共産党としては、店名を公表せよという方針は出していませんので、共産党の要望とはいえませんが、市民感情としての声は大きいので、声を伝えました。大津市は、19日から相談窓口を開設。初日19日に36件の電話。21日までの3日間で計56件の電話があったそうです。22日までの予定でしたが、相談件数も多いので、しばらくは相談があれば受けていくとのことでした。

 電話相談のほとんどが、「牛肉の出回っている店の名前を公表してほしい」というもの。

大津市としては、店名公表については、いろんなご意見を伺っているが、慎重に考えているとのこと。公表しない方が、風評被害が拡大するのではないか、といわれるのはわかるが、名前を公表することで、その店に買い物に行くお客さんが激減することは確かだと思われる。今、店頭で売られているのならまだしも、もうすでに店頭にはないのでそこまでする必要があるのかどうか。もちろん公表となるとその店の了解も必要である・・・ということでした。
 
 店名公表については、どうせよと決まっているものでもないようですね。事実、 7月23日の読売新聞には、「大津市の食肉販売店「イズミヤ堅田店」で5月31日~6月21日、福島県須賀川市の農家から兵庫県西宮市食肉センターが購入した192頭のうち6頭の計1・35キロが販売された。」という記事が掲載されましたね。店舗の考え方も大きく影響されるように思います。とにかく「情報が遅い、対応が遅い」というのが国民の怒りを買っています。命に関わる問題だというのに・・・

2011.07.26 Tue l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 台風の影響はどうだったでしょうか。ふしきみちよさん(先日の県党大会で、党県副委員長に!)の家のそばの逢坂に抜ける山道(ハイキングコース?)に、大木が倒れて、大型車が通れないと連絡があり、市に対応をお願いしました。大雨になると、あの家は、浸水しなかったかなあ?先日土砂崩れがあった所は大丈夫かな?など思うのですが、なかなか全て見て回ることが出来ず・・・
 早朝の大雨警報・暴風警報のおかげで、学校や保育園、幼稚園もお休みになり、息子の作業所も・・・急なお休みで、共働きの家庭は大変だったでしょう。私も午前中の予定が大幅に狂ってしまいました。
浜大津3丁目の道路が50センチ冠水で10件ほどが床下浸水されたとのこと、心配です。
 
2011.07.20 Wed l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 正式には「滋賀県立高等学校再編計画」の原案が、7月12日に出ました。
 
 結論から言うと、平成26年度から、彦根西高校と彦根翔陽高校のと統合で、彦根西高校が実質なくなり、長浜高校と長浜北高校の統合で、実質長浜北高校がなくなります。
 大津に関係するところでは、瀬田高校と瀬田工業高校が一緒になります。今の敷地は同じところなので、急激な変化ではありませんが。

 また彦根東・彦根工業高校・長浜北西高校の3つの定時制高校を廃止し、新しく能登川高校を全日制と定時制併置の「総合単位制高校」とすることも大きな問題です。
 そのほかコースの設置・改編や、特別支援学校の併置などもおこなわれます。

 世論と運動の中でこの案を出すのは先延ばしになってこの日を迎えました。でも教育委員会の説明は、この1年間と全く変わらないものでした。
「平成2年から生徒数が減っている」「切磋琢磨する機会が減った」「集団活動に制約が出る」「魅力と活力のある学校づくりを」
 もう、繰り返し聞きすぎて暗記してしまってます。

 委員会のなかの議論では、自民・民主系議員が賛成の立場、対話の会の議員が反対の立場を匂わせた発言がありました。
 印象に残ったやりとりをいくつか記録しておきます。

○予想より小幅な改革だった。10年計画と言うことだが、長期的な展望も提案に合わせて提示した方が、県民の不 安を招かないのでは。
●生徒数の予測がつく10年を計画期間とした。今後の社会状況、生徒数の進捗状況により、次以降の計画を作る  ことも検討に置いている。

○中高一貫教育は1学年2クラスしかないのに薦めていくのか。矛盾しているような気がする。
●高校生は、社会に出る前たような関わりの中で切磋琢磨は必要。それについては、異年齢集団の中で幅広い活動 が補償され、ここで切磋琢磨されている。しかしだんだん「地域外」からの入学が増えてきたため、検討はして いく。

○特別支援学校は湖南地域に不足しているのになぜ他の地域に3校も作ったのか?
●大規模化改修のため増やした。場所については地理的要求もあった。これで終わりというわけではない。今年度中に検討する。

○昨年度の議論の中で、全県一区で不登校が増えた、遠距離通学で費用負担が増える、地域の伝統ある高校は地域住民が支えている・・等の問題はどうなったのか。
●特色ある学校、多様化によって序列化をなくしていく。

○能登川高校を単位制にするなら、過渡期の2年間の子どもはどうなるのか?
●混乱しないよう努力する。

○1クラスの生徒数は今後どうしようと思っているのか?
●40人で。

○パブリックコメントを聞いて、変更することを考えているのか
●意見は充分踏まえて「変更しないと言うことはない。」これでいいと思っているが、「変更もあり得る」
○当局として譲れないところは?
●今思う最善の計画なので、譲れないと言われれば、すべて譲れないが・・・

○この計画で何人いくらくらいの財政縮小ができると見ているのか?
●学校数が減るとと校長や事務員は減る
○何人?いくら?
●出していない。

 「小さく産んで大きく育てる」
 これが滋賀県の計画です。中日新聞がこの間大きく取り上げています。滋賀県の県立高校を守る会からは、すでに10万枚のビラが配布され反響が上がっています。ひきつづき、県民の世論と運動でこの計画はストップさせましょう。

2011.07.16 Sat l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 大津市大谷町の市営住宅「大谷団地」に被災者の方が3世帯入っておられます。住宅課からお聞きしていましたが、気になりつつ、まだ直接お会いしたことがなかったので、被災地に行ってきたので少しは被災者の方とお話ができるかなと、昨日訪ねてみました。たまたまいわき市から避難してこられたかたと、お話することができました。

「困っておられることはありますか」「大津市や、いわき市に対して要望などあれば、お聞きして伝えますので。」とお聞きすると、少しづつ思いを話してくださいました。

「国が出している家屋被害の見舞金の申請をしようと思ったら、郵送不可といわれた。往復丸二日かけていわき市まで行ってきた。委任できると言われても、僕はもともといわきの人間ではないので頼める人もいない。配慮してほしい。」

「原発被害の方はお金がもらえるのに、僕らのように、ただ地震だけの人には出ないので何とかしてほしい。大津でも仕事がない。最長1年間と言われているが、帰って仕事があるのかとても心配。」

「家屋に対する見舞金はあるが、宅地についてはそういった制度の見通しはあるのか?仙台では議論になっていると聞いたが。」

やはり生活再建にはかなりの時間がかかりそうです。「頑張ってください、また来ます」と大谷団地を後にしました。
2011.07.14 Thu l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 介護保険制度が始まって10年たちました。
「介護の社会化」といったキャッチフレーズで、売り出されましたが、見切り発車だったため、利用者も事業所も大混乱でした。そして定着してきたものの、介護報酬引き下げ・介護費用は増え続け、制度改正のたびに保険料の値上げ・・・そして利用が制限され、・・・その中での制度の見直し・・・どうなっていくの?と言うことで、新婦人共産党後援会で集まりをするので・・・と呼んでいただきました。

 私からは、以下の問題点について今の母の介護実態なども織り交ぜながらお話しさせていただきました。

2012年 4月 あたらしい介護保険制度実施予定へむけて
2011年 5月27日 衆議院厚生労働委員会で可決
    6月15日 参議院本会議で成立・・・民主・自民・公明各党が賛成
   日本共産党・社民党は反対

☆制度の問題点は次の3点!

①新設の「介護予防・日常生活支援総合事業」により「要支援」認定者のサービスの質が低下する恐れ
 市町村が要支援者のサービスを、今までの保険給付にするか総合事業にするか決められる。
 介護予防・日常生活支援総合事業・・法令上の基準がない市町村任せの事業。費用を減らすため、生活介助やデ イサービスをボランティアにすることもできる。生活援助や散歩介助の取り上げもあり得る。

②介護職員が医療行為を
 医療専門職が担うべき医療行為を介護職員に押しつける→安全性の確保は? 事故の責任は? 賃金の保障がな  く、研修と業務の負担が重くなれば離職者がさらに増えるのでは。
国が看護師不足を放置し、無理な退院を行ったことをすり替える行為。

③介護病床廃止の方針は変えず
 6年延長して2017年度末に先送りしたものの・・・

○でも多くの運動により、以下の付帯決議がつきました。世論と運動による問題点を認めざるを得ない結果です。

【付帯決議】
・総合事業の実施に当たっては利用者本人の意志を最大限尊重
・医療行為の実施に向けては知識・技術の十分な習得、安全管理体制の整備、定期的な検 証を
・介護療養病床廃止については実態調査を行い、必要な見直しを検討

 ヘルパーをされている方からは、「だんだん介護タクシーの制度が変わったりして自分たちのできないことが増えてきた。」「痰の吸引の講習も聞いたけど怖くてできない。」と言われていました。
「結局お金がなくて結局制度が使えない人がいる。減免制度はないのか?」等の話も出ました。また、介護保険対象外でも、お買い物サービスや配食サービスなど高齢者に対するサービスもあるのを知った。もっと知らせてほしいと。集まっていろんな経験や知恵を出し合う、そして共産党の政策も知る・・・こういったつどい?井戸端会議?が今必要かなと思います。

 
2011.07.13 Wed l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 いわき市から帰ってすぐではなく、昨日(金曜日)の方が疲れが出て、早く眠ってしまいました。朝起きてもまだ体がだるかったけど丈夫なんですぐ回復(*^_^*) それにしても暑い1日でした。
 私たちが帰ってから、また震度4くらいの余震があったようで。いつまで地震と原発の不安が続くのでしょうか。そういえば書き忘れていましたが、私たちがいわき市にいるときも夜の12時頃余震があったんです。震度2だとのことでしたが、しばらく揺れたので結構怖かったです。

 今日はきょうされんの全国集会が10月に滋賀県であるのでそれに向けての実行委員会に行きました。「きょうされん」とは、共同作業所連絡会、つまり、障害者の運動団体です。今日はきょうされんの常務理事の藤井克徳さんが、障害者制度改革のお話をされるというので、これは行かないと!と参加しました。

 この間、障害者基本法の抜本改正が行われました。次は、障害者総合福祉法(仮)の制定へと向かいます。

 改正された障害者基本法は・・・5ヶ所も「可能な限り」という文言が入っていたり、精神障害者分野の解決策が見えなかったりという課題はありますが、

◎全障害者が網羅された内容になっていること
◎手話が「言語」だと認められたこと
◎障害者政策委員会が設けられ、監視員の役割機能や総理大臣や国務大臣への勧告が認められるようになったこと
◎この法が障害者総合福祉法の土台となるためには、ここで認めないと、政策委員会が新法設定時に間に合わないこと

などから不十分さを残すものの認めていく方向です。

 今回の震災で自閉症境界からの月刊誌で、被災地の自閉症児・者が、騒いだりするので避難所にもいられず、車中で寝泊まりしたり、悲惨な状態であることが報告されていましたが、今日いただいた資料にも、被災地での障害者がどうして生活しているのかが報告されているニュースをいただきました。宮城と福島には日本障害フォーラム(JDF)が被災障害者総合対策本部を設置し、支援員を送って要望を聞いたり、対応したりということが行われています。大津でこういった災害が起これば、障害者に対しての手立ては、ほとんど無に等しいのでは?

 また、被災地に行かれた方から、「医療が必要な重度の障害者の方は施設で過ごしている。しかし自立しているが故に、いままで見つからなかった精神障害者や発達障害者が、避難所でこの人ちょっとどこか悪いのでは・・・ということで障害が発見されている」と言ったお話もお聞きしました。

 障害者問題は、自然災害時に顕著に表れます。皆に公平に襲いかかる自然災害。障害故に逃げられず、命を落とされた方が一体何人おられたのか、時間がかかっても行政としてきちんと調査し、報告してほしと思っています。

    浜に打ち上げられた船の前で
  浜通り船・石黒

    浜に積み上げられた瓦礫の前で
  浜通り・瓦礫・石黒



2011.07.10 Sun l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 短い期間で心苦しいのですが、次の予定もあるので帰路につきました。一緒に訪問聞き取りや見学、そして食事の心配もしてくださり、本当に地元の皆さん方には感謝でいっぱいです。

 行くまでは放射線量が高くて危ないところといった認識でした。それはそうなのですが、ここには、もっと危ないところからここなら安全と避難してこられた方もおられるのでこれくらいの値なら仕方ないか・・・というのが住民の声でした。でも色々話をさせていただいてるうちに「一番怖いのは放射能」「発表の値は信じていいのか」「もう原発はやめてほしい」と、原発に対する不安の声がたくさん出てきて、「福島原発の早期収束と、全面的保障を」の署名にはほとんどの方が賛同・署名してくださいました。

 まだまだ元の生活には時間がかかりそうです。また機会があれば再度訪ねていきたいと思っています。

   事務所前で、帰る間際に撮った写真

   3人事務所前
2011.07.08 Fri l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 聞き取り調査がおわってから日が暮れるまでの間に、地震で断層がずれて家が傾いたり、道が陥没している井戸沢というところを地元の方に案内してもらいました。断層の上に建っていた家は、大きく傾いたりひどいところは崩壊状態でした。道は正断層と言って東にひっぱられ、私の身長ほどの段差になっていました。ずれた断層上の田んぼは段々畑みたいになったり、下がった方にみずがたまり、池のようになっていました。30分とかかけてずれていったそうですがその瞬間はどんなだったろうと思うと自然の怖さをしみじみかんじました。

  写真は断層がひっぱられ、段差になってしまった道です。

      3人2㍍落ちた道6

2011.07.07 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 家の罹災状況は外からではわからないなあと感じました。大丈夫そうに見えても家の中が傾いていたり、少しの被害だからと自分達で補助をもらわず負担大になっておられる方達も少なくありません。また、大規模半壊でも自己負担が出せなくていつ工事ができるかわからないという声も聞きました。

 また、介護者を抱えておられ、家を建て替えざるを得ない方のお話では、市へ建て替えの間、一時的に住まいを頼んだが市営住宅は「階上でないとあいていない」と言われた。介護者がいるけど抽選で落ちたら困るし、上の階でも仕方ない。ペットもその間飼えないので預かってもらわないと。仮設住宅は、近くの場所は、「原発の避難者が優先だ」と言われた。「遠くだととても無理。この間仕事(理髪店)もほとんどゼロに近い。営業や住まいの保障を何とかしてほしい」と。切実な要望です。

 一人暮らしの病弱な女性の方は、「家の中の家具や散らばったものがほとんど片付けられていない。罹災証明も昨日やっといつも頼んでいる工務店さんが来てしてくれた」と言われていました。末端まで手が届いていません。もう4ヶ月経つというのに。

    断層で崩壊した家屋4

2011.07.07 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 午前中はお店をされているところにも営業状態など聞かせてもらいました。畳屋さんや工務店のかたは「修繕などで仕事が増えてきたものの、材料費が高くなった。でもその分をお客さんからもらうわけにはいかない。みんな、大変な中だから何とかしてと言われると…自腹をきらざるをえない。街の零細業者の経営支援をしてほしい。」

 被害の少ないお家は、もっと大変なところもあるんだからと、修理も自分達でして、罹災証明も申請されてないお家もありました。

 また、いつ余震が来てつぶれるか・・と怖くて非難所にいったけどいっぱいの人で、まだ私ところは住めるし…と家に戻ってきたといわれていました。

 原発はやはり怖いけど引っ越しもできないし、どうしようもないと若いお母さん。原発事故の早期収束を求める署名に家族中の名前を書いてくれました。

 鮫川の組合の総務をしている方は「昨日弁護士さんの力も借りて、13の漁協組合と一緒に、市に対して、内水面の補償の申し入れをしてきた」と話をしてくださって、そのことが載っている今朝の新聞記事を見せてくださいました。「大きいところだけでなく、漁協組合は今、本当にお金がない。なのに義務放流させて、毎週川の線量を調べろと。農水省のいじめとしか思えない。県は魚を買い取るというが、金にならない。鮎とりで賑わう今の時期なのにほとんど人が来ない。」切実な声をお聞きました。


 選挙事務所の前に、放射線量の書かれた立て看板ができました。

     事務所前・放射線量提示板


   
2011.07.06 Wed l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 今日は現地の方と一緒に2グループに別れて33件訪問しました。いっぱいの声を聞きました。家の被害とあわせて原発の不安も出されています。市長がテレビで、「九州の人間だかからよく知らない」というなんて許せない。もっとしっかりして!放射線の値は信じていいの?正しい情報を回覧板でまわしてほしい。今すぐスイッチ切っても安全になるまで30年かかるなんて知らなかった。子どもたちに早く線量計を渡してほしい。じゃないと外にも出られない。透析をうけていたので受け入れてくれる病院の情報がなく、日立市までいった。病人や障害者に情報と手立てを。一部損壊では何も補助がない。なのに屋根をなおして350万円。老夫婦は自分達で住めるように自分達で直したので罹災証明の手続き大変やしもういい。22歳の息子の仕事がなくなった。雇用をなんとかしてほしい。風評被害で結婚ができない。などなど…制度の隙間で補助がもらえないひとがいます。市との交渉の必要がありそうです。

写真は市民運動公園のグランド。瓦礫置き場と化しています。どこへも持って行きようがないそうです。

    市民運動公園瓦礫2
2011.07.05 Tue l 未分類 l コメント (1) トラックバック (0) l top
昨日午後六時前に到着。勿来(なこそ)の宮川県議事務所に泊めてもらってます。この辺はかなり片付いてますが、傾いたままの家や瓦が割れてブルーシートでおおわれた家も多いです。道路が隆起してたりへこんだりで、車がとびはねてます。こちらでは訪問しての聞き取り調査が中心です。せきをきったように、たくさん話をされます。大変だった家の様子、物資が届いてるのに配られなかったこと、野菜をたくさん廃棄処分したこと、風評被害でむすめの仕事がなくなり、転勤を余儀なくされたこと、職人さんが足りず、屋根の修理の見通しがたたないことなどなど…暑いです(;^_^A 腕の腕章の赤い色が落ちて、カーディガンが染まってしまいました。でも、カラッとした暑さなので暑さに強い私にはさほど答えません。「暑い中ご苦労様」と言ってもらうのが恐縮です。

瓦やさんも福島だと言うだけで来てもらえないそうで、修理はいつになるやらと。

   7月5日訪問6


    
2011.07.05 Tue l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 今日4日から7日までの短い間ですが、震災ボランティアで福島県いわき市に、行ってきます。塚本、杉浦市議と三人です。主婦が、家を空けるのは、段取りが大変。でも被災地へ行くことで、多くの学びがあると思います。また追って報告しますね。
2011.07.04 Mon l かけある記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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